デザインの打ち合わせやその補足説明のメール、デザインに関する雑誌・WEBの記事などで、「このデザインの世界観は〜」みたいな言い回しを見聞きすることがあります。デザイン制作に関わったことがある人であれば、一度はこの「世界観」という言葉に出会ったことはあるでしょう。「トーン&マナー」や「ルック&フィール」と同じニュアンスで、そのデザインが表現する「舞台設定」としての意味で「世界観」を使用することが一般的で使い勝手が良かったりします。しかし、これは誤用とされ本来の意味は「人の主体的な意義づけによって成り立つ世界についての見解」と解説されています。これだけ聞くとなんとなく分かったような分からなかったような印象ですね。「舞台設定」と何が違うのかと疑問に思いますが、大事な点は「主体的な価値判断」です。
例えば、誰かがあるデザインに対して世界観を感じた状態というのは、その場で何か客観性のある事実や例題、論証などの資料を見て「理解」したということではなく、その人が主体的にあるデザインに対して価値判断した時に初めて世界観を感じた(デザインがその人に世界観を与えた)と言えるのです。その人が情意的に価値判断していると置き換えても良いかもしれません。それゆえに、AさんとBさんに同じデザインを提示した場合、全く異なる価値判断をしている可能性もあるということです。ここはデザインを生業とする人達が恐れている箇所ですね。
では、デザイナーがそのデザインに込めたユーザーに与える世界観をクライアント側でにブレなく感じ取るためには、どういった方法があるのでしょうか?ひとつのは答えは論理であり、演繹法や帰納法を使ってなぜそのデザインが最適であるのかを展開する方法です。これらの具体的な方法は他のブログやデザイン関連書籍などで紹介されていますので割愛し、それとはちょっと違った方法を、弊社での事例を参考にしながら記載したいと思います。
左脳と右脳にアプローチするために
大学生向けのキャリア支援団体のロゴのデザイン依頼がありました。初めての打ち合わせで、筆者らが支援内容をヒアリングした結果、大学生に対して働く意味と将来の道筋を探すためのキャリア支援を事業の柱にしていることが分かりました。そこでロゴのモチーフを考えるにあたって次のような「ストーリー」を立てました。
(1)まだ社会に進出していない大学生を若鳥に比喩する。
(2)将来の道筋を模索していることを、大空に向かって羽ばたきはじめたことに置き換える
このストーリーだとモチーフに鳥を採用した理由は分かりやすいですが感性的な説明理由が欠如しているので、もしロゴのデザインと一緒に上述したような補足説明文を提出した場合、クライアントさんが「モチーフ選定の理屈は分かるがなんとかなく違う気がする…他のモチーフは無かったの?」という判断を下し、モチーフ選定から再スタートする可能性があります。というのは、人間の脳は左脳が論理的なことを右脳が感性的なことを処理するので、左脳だけにアプローチをすると「説得」になってしまうからです。説得だと「なんとかなく」というシコリが残りやすいのです。「納得」するには、左脳と右脳の両方にアプローチをする必要があります。しかし、感性的なことを第三者に伝えることは難しいものです。制作に関わったことのある人であればそのような経験があるでしょう。そこで、デザイナーの考えた感性をクライアントさんに共感してもらうことで右脳にアプローチをします。ここで世界観の出番です。
世界観とは「人の主体的な意義づけによって成り立つ世界についての見解」です。重要なのは「客観的な対象把握にとどまらず情意的に評価されること」は本稿の冒頭部分で記載しました。つまり、ユーザーに与える世界観をクライアントさんが感じ取った状態とはデザイナーが提案したデザインに対して、クライアントさんが主体的にそのデザインの意義を感じ取り、デザイナーの考えた感性に共感した状態と言えるのです。
世界観を感じ取るための記述例
弊社はロゴのデザインに込めたユーザーに与える世界観をクライアント側で感じ取るために、
飛び方を知らないあなたは
NATUReの宿り木で羽を休める
いつか羽ばたく大空を夢見て
という詩を書いて伝えました。詩は美的感動を凝縮して表現した文学の様式なので、感情を凝縮した言葉で世界観を記述できるからです。言葉の表面的な意味だけではなく、美学的な性質を用いてデザイナーの考えた感性をクライアントさんに伝えることができます。また、詩には物語性が含まれるので読み手を主人公(書き手)の立場へ誘導し、文字に対して主体的に関わることができるという特性をもっています。詩を使うことで、デザインがユーザーに与える世界観をクライアント側で感じ取りやすくし、共感を創出することで右脳へのアプローチも補ったのです。(もちろん、ロゴのデザインが目的にあった表現であり視覚的に右脳へアプローチしていることは大事です!)こういった方法もデザインの意図を説明するための手段と考えられます。
▲最終的なロゴのデザイン
hirano